Krypf’s Diary

暇なときに書く

ジョン・ロールズ『正義論』を読む 2 〜第61節 より単純な場合の善の定義〜

正義論

『正義論』は 1971 年に John Rawls が著した政治哲学書。正義・自由・平等を社会契約説の観点から560 ページにわたり論じている。

代表的著作『正義論』から抜粋して彼の正義哲学を読み解いてみたい。

https://giuseppecapograssi.files.wordpress.com/2014/08/rawls99.pdf

61. THE DEFINITION OF GOOD FOR SIMPLER CASES

第2回は61節を取り上げます。

3段階の善

John Rawls は善 (good) を人生の評価と合理性の観点から捉えています。この節では比較的単純なケースを分析し、善の定義に迫ります。彼は3つの段階を前提しています。

  1. A is a good X if and only if A has the properties which it is rational to want in an X, given what X’s are used for, or expected to do... ;
  2. A is a good X for K if and only if A has the properties which it is rational for K to want in an X, given K’s circumstances, abilities, and plan of life (his system of aims), and therefore in view of what he intends to do with an X... ;
  3. the same as 2 but adding a clause to the effect that K’s plan of life, or that part of it relevant in the present instance, is itself rational.
  1. [何か = A]が 良い [〇〇 = X] であることを、X の用途や予見性を仮定したときの A の合理性として定義する(特徴づける)。
  2. [人 K] にとって良いことを、K をとりまく状況、能力、人生計画(彼の目的の体系)に即して X を使って何を意図するか、その際の A の合理性として定義する。
  3. 3 番目は2番目と同様だが、人生計画それ自体の合理性を加味する、と述べられています。

3 番目に続けて "What rationality means in the case of plans has yet to be determined and will be discussed later on." とありますが、後で "by definition rationality is taking effective means to achieve one’s ends," という一節があり、合理性から合目的性と効率性が出てくる事がわかります(定義ではない)。

1 と違い 2 では対象となる人を介在させています。私が思い出したのは100分で名著のエチカ回で聞いた記憶のある「ある音楽が良いものかもしれないが聾者にとって良いものではない」という例です。

自由、機会、自己の価値観が人間的善の範疇に属することを保証したいというのが最初の段落の最後の主張です。脚注2にあるように、人間的善はアリストテレス『ニコマコス倫理学』における概念です。

段階に応じた各論

第1段階の「良いもの」の基準が何に依存しているかが語られます。

The essential point, however, is that these criteria depend upon the nature of the objects in question and upon our experience with them;

対象の性質と人間の経験、という抽象的な説明です。次に第2段階は価値判断に関するものだと語られます。

... we move to the second stage of the definition. Our judgments of value are tailored to the agent in question as this stage requires.

良いものとはなにか。例えば「良い時計」の本質は時刻の正確性かもしれません。もっと進んで物の分類や使用状況が考慮されるべきでしょう。

In all these cases special interests give rise to certain appropriate classifications and standards. These complications are ordinarily gathered from the circumstances and are explicitly mentioned when it seems necessary.

これらすべての場合において、特別な利害関係が一定の適切な分類と基準を生み出す。このような複雑な問題は、通常、状況から判断され、必要と思われる場合には明示的に言及される。

次に考慮すべきなのは判断している人間の視点です。

This perspective is characterized by identifying the persons whose concerns are relevant for making the judgment, and then by describing the interests which they take in the object.

この視点は、その判断に関係する人物を特定し、彼らがその対象に対してどのような関心を持っているかを説明することによって特徴づけられる。

次に提示される具体例はよい目や耳、毛並みがいい、根がいい、良い医者です。良い医者については、徳と合理性の観点を提示しています。

The skills and abilities are the doctor’s, the interest in the restoration of health by which they are assessed are the patients’.

したがって、良い医者とは、患者が医者に求める合理的な技能と能力を持っている人のことである。技術と能力は医師のものであり、それを評価する健康回復への関心は患者のものである。

ここに見られるように、善の定義は固定した視点を含んでおらず、視点は場合と文脈によって個々動くものであるということです。

These illustrations show that the point of view varies from case to case and the definition of goodness contains no general formula for determining it.

善と徳と道徳

続いて、善悪の判断が道徳的正しさに必ずしも依拠しないことが付け加えられます。

A further comment is that there is nothing necessarily right, or morally correct, about the point of view from which things are judged to be good or bad.

さらに付け加えるなら、物事の善し悪しを判断する視点には、必ずしも正しいものや道徳的に正しいものはないということである。

例えば、スパイや殺し屋は道徳的に褒められた仕事をしてはいないわけですが、雇い主や国家諜報機関の立場からは優れた・劣ったという区分はありえます。

私たちは、政府や謀略家の視点から、ある種の熟練度や才能を評価しているに過ぎない。スパイや暗殺者が善人であるかどうかは全く別の問題であり、それに答えるためには、その人が働く大義とその動機を判断しなければならない。

これについては後述します。


次の段落で、善と徳と道徳の議論を発展させます。最初のセンテンスを見ると筆者の語の連関が如実に現れています。

Now this moral neutrality of the definition of good is exactly what we should expect. The concept of rationality by itself is not an adequate basis for the concept of right; ...

さて、善の定義におけるこの道徳的中立性は、まさに我々が期待すべきものである。合理性の概念は、それ自体では権利の概念の適切な基礎とはならない。

  • 善 = 合理性 ⊃ 道徳的中立
  • 道徳 〜 権利の概念(〜 自由)の基礎

という構造です。そうはいっても、現実には道徳的にたっとばれる行為をすることが善さの証である、ということはあります。そこで要請されるのが権利、そして正義の概念です。

Moreover, to construct the conception of moral goodness, the principles of right and justice must be introduced.

さらに、道徳的善の概念を構築するためには、権利と正義の原則を導入しなければならない。

→ ここで道徳的原則が性質の望ましさを特徴づける具体例として、優れた裁判官が挙げられています。

さて、ここまで来れば、善 = 合理性 と 道徳を結びつけるのは、徳であることが分かります。

The characterizations ... rely upon a theory of the virtues and therefore presuppose the principles of right.

これらの特徴は、徳の理論に依拠しており、したがって、権利の原則を前提としている。

(In order for goodness as rational- ity to hold for the concept of moral worth, it must turn out that) the virtues are properties that it is rational for persons to want in one another when they adopt the requisite point of view.

(道徳的価値の概念に合理性としての善が成り立つためには、)徳とは、必要な観点を人が採用するときに互いに欲することが合理的であるような性質であることが分かるはずだ。

この徳の相互性・互恵性は 66 節で示されます。

非道徳的優越性への注釈

Rawls の挙げた中に スパイと殺し屋 の例が出てきました。情報を盗んだり人を殺したりしても、その成果が「良い仕事」であれば良きスパイ・良き殺し屋であるという論理です。

私は Rawls のいう合理性の観点で(悪として)優れていることを善と同列に語ることは注意を要すると思います。一方で、善を他者性の観点から定義すれば(私の立場では) スパイも殺し屋も敵にとっては悪であり味方にとっては善である という、何ら綻びを起こさないそのような整合的な結論に至ります。

その結論を掲げた上で2点分けて論じたいと思います。

文化的背景

まず筆者が何故このような例を出してきたかという文化的背景を想像しますが、アメリカという国柄でスパイといえば CIA です。CIA を始めとして、アメリカは対外的にも国内向けにも諜報活動が発達した国です。
一般にスパイは愛国心を必要とする職業で、前線でひとたび敵と相まみえれば生命の危険にさらされる過酷な職業です。(余談ですが謀略物のフィクションで真っ先に死ぬのは二重スパイであると相場が決まっています)

それから殺し屋についてですが、反社会的勢力を挙げるのは今適切ではないので、アメリカという文脈で適切な例として、軍隊ぐらいにしておきましょう。戦争の英雄は最も多く(あるいは効果的に)敵兵を殺したものです。
合理性という観点では議論のスマートさに疑問符がつくと思いますが、とはいえ、要するに敵を殲滅できるのは良い軍隊です。遠くから数多くの敵兵を撃ち抜けば良い狙撃兵、隊の存亡(味方を生き残らせ、敵を殺す)をかけ数多の兵を知略で動かせる勇敢な上官が、良い将校です。

そもそも必ずしも味方を生き残らせるだけでなく、敵殲滅のために【肉を切らせて骨を断つ】という犠牲を味方に強いる非情さも、将官や参謀には必要です。
お人好しでは優れた司令官は務まらないのです。(特攻のような戦術レベルではなく、兵の配置・進軍・囮など戦略レベルの話です。)

このような意味で、Rawls は熟練度とか大義とかと書いているものと思われます。

フィクションの例

フィクションでは ミッション・インポッシブルや 007 が有名ですが、日本では必殺仕事人などが分かりやすい例です。あれは主水の家庭の日常をコミカルに描くことで、裏稼業の殺しのシーンとの対比を鮮明にしているわけです。殺し屋が善人かどうかはその生業には関係ないのです。

スパイとは少し違うかもしれませんが、水戸黄門もスパイと言えばスパイです。素性を隠して全国を練り歩き悪代官を倒す勧善懲悪ストーリーです。スパイというより「公安」という言い方がふさわしい気もします。諜報活動をしているメンバーもいることはいますね。
仕事人と違い、こちらは道徳的にも「善い」という「結論ありき」のドラマです。

漫画ではゴルゴ13が有名です。あとは日本で「天下に轟く大悪党(大泥棒)」と言えば、ルパン3世にも出てくる石川五右衛門です。落語のまくらでもよく出てきます。同じ泥棒には ねずみ小僧という 善人の泥棒もいます。

善に話を戻すと、 目的を達していることや理に適っていること として良さを定義するなら「善いスパイ」や「善い泥棒」と言っても論理的には問題ないではないか、ということです。

余談ですが、落語では泥棒は悪人(悪事)と相場が決まっていて、よっぽどのことがないと報われません。

柳家小三治「転宅」 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=A-AWirsL8no

「善い殺し屋」や「善い泥棒」が道徳的正しさの観点から "いない" と断じるためには、自由と徳の社会的規範、すなわち権利の総体としての法が要請されるのです。

まとめ

合理性としての善は人間の判断の介在に応じて3段階に分けて定義される。それには個別具体の視点が設定されるという意味で、善さの判断基準は固定されないことに加え、善さは道徳的正しさからは独立である。

合理性としての善を道徳と結びつけるものは、集団における相互互恵性としての徳であり、ゆえにそれは権利の原則に依拠している。

ジョン・ロールズ『正義論』を読む 1 〜第32節 自由の概念〜

ジョン・ロールズ

アメリカの哲学者・政治哲学者。自由主義の立場から公正・正義を論じた。

John Rawls - Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/John_Rawls

John Bordley Rawls (/rɔːlz/;[3] February 21, 1921 – November 24, 2002) was an American moral, legal and political philosopher in the liberal tradition.[4][5] Rawls has been described as one of the most influential political philosophers of the 20th century.[6]

代表的著作『正義論』から抜粋して彼の正義哲学を読み解いてみたい。

https://giuseppecapograssi.files.wordpress.com/2014/08/rawls99.pdf

正義論

『正義論』は 1971 年に John Rawls が著した政治哲学書。正義・自由・平等を社会契約説の観点から560 ページにわたり論じている。

A Theory of Justice is a 1971 work of political philosophy and ethics by the philosopher John Rawls (1921–2002) in which the author attempts to provide a moral theory alternative to utilitarianism and that addresses the problem of distributive justice (the socially just distribution of goods in a society). The theory uses an updated form of Kantian philosophy and a variant form of conventional social contract theory.

en.wikipedia.org

32. THE CONCEPT OF LIBERTY

読みたい節から読んでいきますが、今回は32節を取り上げます。第32節で、自由を法・権利・義務の制度として定義することが語られます。

For the most part I shall discuss liberty in connection with constitutional and legal restrictions. In these cases liberty is a certain structure of institutions, a certain system of public rules defining rights and duties. ---John Rawls, A Theory of Justice, p. 177

ほとんどの場合、私は自由を憲法上および法律上の制限と結びつけて論じることにする。このような場合、自由とは一定の制度構造であり、権利と義務を規定する一定の公的ルールシステムである。

次の文では Hume の自由(意志)への考えから影響を受けていることが見て取れます。

Set in this background, persons are at liberty to do something when they are free from certain constraints either to do it or not to do it and when their doing it or not doing it is protected from interference by other persons.

このような背景から、人が何かをする自由があるのは、それをするにもしないにも一定の制約がなく、それをすることもしないことも、他の人からの干渉から守られている場合である。

次の段階で、このような意味における自由に関して、自由の不平等の存在とその調整を論じます。そして自由と自由の価値を区別した上で、格差の問題に言及します。

Freedom as equal liberty is the same for all; the question of compensating for a lesser than equal liberty does not arise. But the worth of liberty is not the same for everyone. Some have greater authority and wealth, and therefore greater means to achieve their aims.

平等な自由としての自由は万人にとって同じであり、平等でない自由を補うという問題は生じない。しかし、自由の価値は万人にとって同じではない。ある者はより大きな権限と富を持ち、したがって目的を達成するためのより大きな手段を持つ。

そして以下のように結論づけます。(正義の原則は A Theory of Justice - Wikipedia を参照。)

Taking the two principles together, the basic structure is to be arranged to maximize the worth to the least advantaged of the complete scheme of equal liberty shared by all. This defines the end of social justice.

(正義の)2つの原則を合わせて考えると、基本的な構造は、すべての人が共有する平等な自由という完全な仕組みの中で、最も恵まれない人々にとっての価値を最大化するように配置されなければならない。これが社会正義の目的である。

このような平等への考え方に当然批判も予想されます。そこで私自身の見解をまとめておきます。

  • Rawls は自由を公的制度や不干渉の観点から定義しており完全に公的だが、私は個人の欲望が定義にとってより本質的だと考えている。だから完全に public な領域については論の共通部分がない。
    • Hume 的側面(するか、しないか)の説明は同意する。
  • 自由の価値 (the worth of liberty) についてはまだよく分からない。特に、Rawls が何故自由と分けた上でその不平等を是認するかのような説明をするのかわからない。1章の正義の節をよく読む必要がある。
  • 社会正義の目的について、Rawls の論の展開は認める。しかし、私の考えでは正義より先に自由の概念があり、正義は個人の自由を社会という領域に拡大したものであるので、そもそも究極的(客観的)には正義に目的はない。
    • 個人の欲望に目的があるとすると(cf. 目的因)現実的には正義の目的はあるが、格差の解消に「価値」は介在しない。少なくとも、自由の価値と自由を区別して論じている意味がまだ分からない。
    • 欲望の目的について、例えば「人間は生殖をするために生まれてきた」だから「人を愛するのだ」とさも人間や人類の究極的な目的があるかのように語られることがある。しかし個人がこのような客観的な目的の下になにか行為しているとは私は考えない。
    • 個人は個人的欲望または感情を持ち、目的的もしくは無目的的に行為する。平等とは個人の相対性のもとでの責任の対等性である。だから理想的には不平等は原理的に生じない。とはいえ現実には存在してくるから、それを「調整」するのが自由という概念である。
  • Rawls は正義の概念を一つの社会の「内に向いた」ものと捉えているようだが、私は他の社会という「外に向けた」ものだと考えている。だから正義に「調整機能」がもしあるとすれば、それは個人の自由に対してではなく、他の社会との間に働くものでなくてはならない。
  • 一つたしかに言えることは、Rawls の語る社会正義の目的は、新自由主義あるいは小さな政府の立場とは決定的に対立するものであると言える。

次の節から個別具体的自由を分けながら論じることを述べ、節が締めくくられます。

In the next sections I discuss the first principle of justice in connection with liberty of conscience and freedom of thought, political liberty, and liberty of the person as protected by the rule of law. 次(から)の節では、正義の第一原則を、良心の自由、思想の自由、政治的自由、法の支配によって保護される人身の自由と関連づけて論じる。

まとめ

アメリカの哲学者 John Rawls の書いた『正義論』第32節を取り上げました。自由を権利と義務の公的制度、また行動の制限がないことと位置づけた上で、個人の自由は平等であり、社会正義は自由の価値を、最も恵まれない人々にとって最大化すべきであると論じられています。

ヘッドホンを長く使うためにシリカゲルでの乾燥が大事(SONY WH-1000XM4 と Anker Soundcore Space Q45 比較)

ヘッドホンを使う理由

都市には「騒音」という普遍的な問題があります.
自宅の自動車騒音で寝られないので,色々試した結果ノイズキャンセリングヘッドホンが最適でした.
だから僕は起きている時間ほとんどずっとヘッドホンをつけています.いわゆるヘビーユーザーです.

※ヘッドホンの適正利用時間は医療機関の指針に従って下さい.

WH-1000XM4 から Soundcore Space Q45 に乗り換え同様の不調が見られたため,シリカゲルを使って無理やり解決しました.

ヘッドホンと耳の間に シリカゲル2g のパックを1個入れる事で不調がなくなる,という方法です.

WH-1000XM4

WH-1000XM4 はノイズキャンセリングでいえば最高級のヘッドホンでした.

しかし,1年半使って左耳にハウリングが発生し,2022年5月に25000円払って修理(SONY の対応には満足できず)しました.

直ってよかったと思ったのですが,1年してまた同じ故障の兆しがあり,壊れきる前に売り払いました.

この時点でケースに入れるときにはシリカゲルで乾燥させるようにしていたのですが,ケースに入れている時間自体が短いので完璧ではありませんでした.

Amazon.co.jp: ソニー ワイヤレスノイズキャンセリングヘッドホン WH-1000XM4 : LDAC/Amazon Alexa搭載/Bluetooth/ハイレゾ 最大30時間連続再生 密閉型 マイク付 2020年モデル 360 Reality Audio認定モデル ブラック WH-1000XM4 BM : 家電&カメラ

Soundcore Space Q45

そこで少し前,満を持してコスパのいい Anker を選び,乗り換えました.

ノイズキャンセリング性能は XM4 には劣りますが,値段は新型の XM5 の4分の1で,自宅の騒音はブロックできました.

SONY は無料保証1年ですが無料長期保証が2年なのもよいです.
Prime Day の割引が,満足感が高かったです.

Amazon.co.jp: Anker Soundcore Space Q45(Bluetooth 5.3 ワイヤレス ヘッドホン)【最大65時間音楽再生 / ウルトラノイズキャンセリング2.0 / LDAC/ハイレゾ対応 (ワイヤレス/有線) / マルチポイント対応/外音取り込み/マイク内蔵】 ブラック : 家電&カメラ

Soundcore Space Q45 | ワイヤレスヘッドホンの製品情報 – Anker Japan 公式サイト https://www.ankerjapan.com/products/a3040


無事目的は達成したのですが,ヘビーユーズの影響もあり3ヶ月ほどして左耳からぷつぷつ異音が・・・

ノイズキャンセリングのスイッチが SONY も Anker も左にあるのでノイズキャンセリングの調節機器の不調と考えてまず間違いないでしょう.

落胆していた所,ある時解決法を閃きました.

ケースに入れていたシリカゲル,ヘッドホンにちょうど入るじゃん.入れてみよう.

ということで使ってみた所,異音が無くなりました.

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メリット

  • 除湿になる
  • もしかしたら温度障壁にもなっているかもしれない
  • シリカゲルは 2 g 100 個 600 円ととても安い.
    • → 1個1週間として 6 円 / 週,1年300円
  • 耳の中も適度に乾いて一石二鳥(個人差あり)
  • 音質への影響はさほどない
  • 汗をかいても安心

デメリット

  • 少し耳が圧迫される
  • シリカゲルの経年劣化に注意→ジップロックに密閉
  • 1 g にすると圧迫感は減りますがしばらくして異音が発生しました.
    • パックが水蒸気と空気の物理的障壁になる必要があるかもしれません.
    • 1 g はパックが半分の大きさなので落としやすくなります.
    • → 左耳でなく右耳に使うのがいいと思います.
  • 動くと乾燥剤がシャリシャリ鳴る(ハウリングよりははるかに我慢できます)

まとめ

WH-1000XM4 から Soundcore Space Q45 に乗り換えた際に,共通して発生した左耳(ノイズキャンセリング側)の異音を,シリカゲル2g をその中に直接挟むことで解消しました.

※ もし同様の故障を上記の方法で解決したい場合,医学的に推奨されない可能性を考慮の上お願いします.
※ 特に,発達段階の未成年の場合には注意してください.

甘美と情熱の French music, 庄司紗矢香

9 月 25 日 サントリーホール大ホールにて行われた庄司紗矢香モディリアーニ弦楽四重奏団・ベンジャミン・グローヴナー来日公演の様子を記す.

庄司紗矢香

庄司紗矢香 (Sayaka Shoji) は日本を代表するバイオリニストである. 1998 年ケルン音楽大学に留学,1999 年パガニーニ国際コンクール優勝.現在はフランスを拠点にヨーロッパで活躍し,年に数度来日公演を行っている. 録音多数.協奏曲はパガニーニに始まりチャイコフスキーショスタコーヴィチベートーヴェンなど,室内楽プロコフィエフベートーヴェンソナタ全曲,モーツァルト,マックス・レーガーなど多岐に渡る.

Sayaka Shoji - Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Sayaka_Shoji

庄司紗矢香 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%84%E5%8F%B8%E7%B4%97%E7%9F%A2%E9%A6%99

今回の公演

「フランスの風」と題し,

出演
庄司 紗矢香 Sayaka Shoji (ヴァイオリン, Violin)
モディリアーニ弦楽四重奏団 Quatuor Modigliani
ベンジャミン・グローヴナー Benjamin Grosvenor (ピアノ, Piano)

の演奏による広義のオールフランスプログラムで来日ツアーが行われた.

庄司紗矢香(ヴァイオリン)「フランスの風」モディリアーニ弦楽四重奏団ベンジャミン・グローヴナー(ピアノ) | クラシック音楽事務所ジャパン・アーツクラシック音楽事務所ジャパン・アーツ https://www.japanarts.co.jp/concert/p2032/

庄司紗矢香が満を持して取り組むショーソン
盟友と共に贈るフランス音楽の極み。

本ツアーのメインプログラムはショーソン Chausson

感想

席など前置き

前回庄司・カシオーリを聴いたのと同じ辺り RA 4列7番.

バイオリンの指向性上 f 字孔から音が飛んでいくので後ろに行くと音が聞こえにくい.
サントリーホールの反響を持ってしてもそれは避けがたいので,いい席はお金持ちが陣取っている(!)のである.

指向性というのは方向性による響きの特質で,例えばピアノならわかりやすく反響板があるし,クラリネットなどは円錐状に音が広がっていくと言われている.
残りは後述.

前回はバイオリンの真横少し後ろに当たる席で肝心のソロバイオリンが聞こえにくいという残念な経験をしたので今回も少し不安だったが,四重奏は配置からして音が広がるので心配していなかったし,ソロバイオリンもドビュッシーの一部だけくぐもって聞こえるだけで済んで安心した.

1曲目 武満徹:妖精の距離

7分ほどの小品.予習していてドビュッシーメシアンぽいと感じた.原詩があるというので読んでみたらラヴェルの『ダフニスとクロエ』を思い出した.
そして「小鳥」に導かれてまたメシアンを思い出した.

教育的? な話 | つれづれなるままに―日本一学歴の高い掃除夫だった不具のブログ― - 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/sagayama/diary/200503120000/

全文 瀧口修造, 妖精の距離

うつくしい歯は樹がくれに歌った
形のいい耳は雲間にあった
玉虫色の爪は水にまじった
脱ぎすてた小石
すべてが足跡のように
そよ風さえ
傾いた椅子の中に失われた
麦畑の中の扉の発狂
空気のラビリンス
そこには一枚のカードもない
そこには一つのコップもない
慾望の楽器のように
ひとすじの奇妙な線で貫かれていた
それは辛うじて小鳥の表情に似ていた
それは死の浮標のように
春の風に棲まるだろう
それは辛うじて小鳥の均衡に似ていた


曲目解説に「透明」という文字が.シュールレアリスムといえばダリや武満も好きだったルネ・マグリットですが,確かに

麦畑の中の扉の発狂
空気のラビリンス

などは絵にすると透明感のある色になるのではなかろうか.

  • 曲想は常にバイオリンが主導する高弦のメロディーに対しピアノの幻想的な伴奏がフォローするスタイル.
  • メロディーが後半でトレモロに変化(へんげ).音楽(と奏者)のエネルギーとしてもこの辺りがクライマックスです.
  • ハーモニーは印象派に影響を受けたパステルカラーや少し濁ったぼやぼやした色の響き.玉虫色の爪 ですからね.

退廃的で甘美.静寂なる叙情.比喩である 慾望の楽器のように 死の浮標のように がまた意味不明さを添えている.

コンサートタイトルにもなっている重要なワードである「風」が 2 度登場する:

  1. そよ風さえ 傾いた椅子の中に失われた
  2. それは死の浮標のように 春の風に棲まるだろう

コンサートでは朗読の間に庄司さんとグローヴナー氏が抜き足差し足で登場.明転して武満のもよもよとしたメロディーを奏で始めるという演出.

朗読大好きなんですが,庄司さんが推し進めている芸術表現の統合・両立という理想の体現の一つにも感じました.

雑記

絵画表現としてはチェンソーマンの地獄のような絵になるのではないでしょうか.
涼しそうだけど,太陽のような光は感じない.
樹や雲や水はあるようで,草も生えていそうに思えます.
(多分ちがうと思いますが枯山水という解釈もできます)
カードやコップはないようです.人もいなさそうです.
傾いた椅子と扉が気になりますね."小鳥の均衡"はもっと謎です.
ちなみに,椅子と扉といえばラーメンズが唯一コントで使っている小道具と大道具です.
(正確には四角い箱と四角い穴で,その時時で解釈する.が,だいたい座るものか,入口・出口)
彼らは「雀」というタイトルで公演をしたこともあります.
その中の「雀」という作品は,愛鳥に見せかけて実は鳥ではなく・・・というお話.
「非日常の中の日常」が彼らのコンセプトです.
もしかしたらシュールレアリスムなんでしょうか.
"楽器のようなひとすじの奇妙な線" から着想して武満はバイオリンを選んだのでしょうか.

2曲目 ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ

晩年のドビュッシーを代表する一作.

Six sonatas for various instruments - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Six_sonatas_for_various_instruments#Sonata_for_violin_and_piano

庄司さんのドビュッシーを目の黒いうちに聴けて満足しました.
ライブ録音出してくれないかなって感じ.
本場のラ・フォル・ジュルネが日本にそのまま来てくれたみたいなもんですよ.

ドビュッシーを聴いているうちにさっき聴いた武満では聴こえない音が一切なかったことに気づく.おそらく高弦だからなのでしょうが,武満の計算だったらすごいですね.

始まり方と終わり方が奇妙な感じがする1曲だと思っています.もちろんわざとなんでしょうけど.

このあたりでピアニストのペダリングが長めなのではないかと思い始める.あとで居酒屋で先輩に訊いたらやはり「そうだった」と言う.

3曲目 ラヴェル弦楽四重奏曲ヘ長調

カルテットにバトンタッチ.

管弦楽の魔術師の書いた最も小さいオーケストラ.

  • 第1楽章 風の通り抜けるような第1主題.ソナタ形式.循環形式.
    • 第2主題は ニ短調 (平行調).練習番号も D.
    • 練習番号 E で循環主題を弾きながら変ロ長調→変イ調→変ト調 (Fis) →ホ調 → ニ短調に解決.全音下げの進行なんて上手くやるなと感心.
    • F - H: 展開部.
    • Tempo primo: 再現部.M: 主調で第2主題.
    • un peu plus lent: C# -> B -> A -> G -> Lent: F に解決, Coda.
  • 第2楽章 スケルツォ(とは書いてない).ピツィカートの主部.チャイ4を彷彿とさせる.
  • 第3楽章 緩徐楽章.循環主題.
  • 第4楽章 Rondo(とは書いてない). Finale. 5/8 拍子. 大まかには A - B - A - B - A - B - A (- Coda), ただし A がロンド主題,Bで第1楽章の第1・第2主題.

雑記

1. 第1・第2バイオリンで同じモチーフを分担して引く箇所があるのですが,もちろん息ぴったりで良かったです.
2. 生で聞くと意外と 8.6. (6/8 拍子) なんだなと思った.
3. 寝る時の音楽を収集しているのだが,寝る時に使えそうかも.
4. これもリズムだが意外と5拍子から外れるなと感じた.楽譜を見ると 3/4 らしい.

スタンダードで堅実な演奏だった.満足.

4曲目 ショーソン:ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲 ニ長調 Op. 21

変わった編成(芸術家に言わせればそんなものはない・・・?)の大曲.
演奏時間およそ40分.

四重奏がソロと伴奏との中間的,絶妙な立ち位置でヴァイオリンとピアノを迎え,大団円.

この曲の解説は身に余るので Wikipedia に任せます.珍しく日本語がめちゃくちゃ詳しい.

Concert for Violin, Piano and String Quartet - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Concert_for_Violin,_Piano_and_String_Quartet

ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%80%81%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%81%A8%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2

  • 第1楽章: 重々しいユニゾンの開始が特徴的.Rachmaninoff, Borodin, Franck 等の重々しい開始に触れていない聴衆はこの時点で踵を返してしまいそうです (・∀・)イイネ!!
  • 第2楽章: フォーレで有名な形式のシシリエンヌ.たゆたうような 6/8 拍子.
  • 第3楽章: 終始半音進行のピアノが不気味でしかないが,しっかりと曲に仕立ててくるのが凡人と違う所👍
    • フランス音楽特有のけだるさでとにかく何を言っているのか分からない.エスプリと香水とワインの国,フランス.
  • 第4楽章: Shostakovich もびっくりの凄まじくテクニカルな主題で幕を開ける.
    • それでもぴったりユニゾンかましてしまう庄司さんとピアニスト・第1バイオリンに脱帽.

詩曲しか聴いたことありませんでしたが,この曲も情熱的な曲です.年々音が情熱的になる庄司さん,大人の色気という雰囲気漂う情熱的な今回の Chausson, 彼女がフランス音楽演奏の理想を追求する姿に見惚れてしまいます.パッセージの優雅さは言うまでもない.

概観とすこし音楽史

概観

円熟について

よく音楽や演劇の世界で言われる「円熟味」という言葉を庄司さんに捧げて良いものか,いささかためらう所もある.ちょうど40歳という節目で,音楽界ではいわゆる「若手」なのかもしれない.そもそも常に若々しい方なので,無論ここではそういう「まだ早いのではないか」といった次元の意味ではない.

1 つには彼女の音楽は 20 代,更に言うと10代のうちに完成されているので,今更「ますます良くなった」という表現は一部当たらない感じがするから.

2つ目に,それすらも凌駕して Sayaka Shoji が別次元に進化していることは間違いないから.加えてそれは求道的練磨の賜物であって,常に上へ,新鮮に,という志向で働いているように聴こえる.

つまり,よく言われるような年を経て柔和に,まろやかになり味わいやすくなった・・・という代物ではないのである.例えば,Mozart では Mozart にしか分からなかった悲哀を,Beethoven では空前絶後の革新的な解釈を表現し,Debussy では絹の翼で空を駆け回るような音で誰よりも楽しんで見せる.(演奏中時々足を浮かせるのが改めて印象的だった.楽しんでいるのか・・・演奏技術なのかもしれない)

料理に例えると,Sayaka Shoji はいわば,フレンチでもイタリアンでも和食でも,求められた料理=音をなんでも出せるシェフなのだ.

誰にも到達し得ない領域に到達し,鋭く,それでいて柔らかく,技術もより巧みに,Sayaka Shoji はむしろ「どんどん聞きにくい」音楽家へと,果てしなく磨かれているのではないか.

だから円熟味というものがややしっくりこない.

もはや未来永劫「円熟しない」のではないかという見込みさえある.

音楽の新しさについて

フランスといえばアヴァンギャルド(前衛)という言葉も思い出す.
Sayaka Shoji の音楽+絵画・演劇の取り組みは芸術分野の枠を壊すというより,むしろ接着空間(か商位相空間)において商位相の構造を導入するように,枠をつなぐことで新たな音楽空間を創生しているともいえる.

例えば武満の場合,朗読を「前振りとして」「音楽が始まる」のではなく,作曲家の琴線に触れた有りようとしての芸術 --- 詩 --- を楽章間記号でいうところの attacca で繋げそのまま曲を始める.それが一つの新たな「音楽」となる.

(Attacca では枠が壊れているのではない.壊れていたら次の楽章に行けない.楽章 A, B が繋がっているからそこで境界がなくなっているだけなのである.例は熱情.)

まとめ

以上のような意味で,音楽の体現者たる庄司紗矢香は常に「先鋭」であり続けるだろう.

Chausson と Franck

時間もなかったので,あえて1回程度しか聞かずにライブ感を楽しもうと腹を決めていた Chausson. フランス語なので何を言っているのかは全く分からないが,4楽章(の後半)を聴いている時に,はたと「Franck と似ているのではないか !?」と気づき始めた(なぜ).

全曲の構成といい 4 楽章の構成といい主題の清澄さといい和音の響きといい,なんだか Franck の交響曲に似ている.そのようなものとして理解すればある程度いけるのではないか.
そう思っていたところ帰宅して調べると,Chausson は Franck の弟子であるばかりか緊密な関係にあったと言うではないか.なるほど.

Ernest Chausson - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Ernest_Chausson
César Franck - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/C%C3%A9sar_Franck

フランス音楽史では普仏戦争と国民音楽協会が重要な影響を与えています.普仏戦争については次の Brahms にも大きな影響を与えました.

DvorakBrahms

これと似た経験を DvorakBrahms でもしたことがあって Dvo 7 をラジオで初めて聴いた時「なんだか Brahms に似ているな」と思っていたら曲間に解説者が Brahms の影響を語ってくれた.

らららクラシックを見たり大学に入ってから伝記を読んだりすると,DvorakBrahms に見出された弟子であるという強固な関係までわかった.

(残念ながらその解説者@ N響定期公演第1776回が誰かは調べたが出てこなかった)


ちなみに 第 2 主題が Brahms のピアノコンチェルト第 3 楽章の主題の引用だと知人が気づいたのですが,たぶんそうです.

ドヴォルザーク交響曲第7番ニ短調 作品70 B 141 (スコア付き)https://youtu.be/AkVFq1I7sik?t=154
Brahms Piano Concerto No. 2 in B-flat Major, Op. 83 (Zimerman) https://www.youtube.com/watch?v=tWoFaPwbzqE&t=1694s

(D - C) - (Eb - D) - C - Bb - A - G - F のあとに Dvorak の場合は F - G - F - G という違うモチーフをくっつけて繰り返しています.

これが第2主題なのは

  • 調性の観点から見ると【平行調下属調変ロ長調】が再現部で【主調】
  • ヴァイオリンで受けて反復して第1主題とともに展開部で展開している

ことから分かります.

符点リズム下降や響きなど,どう聴いても影響が感じられるブラ 3 と合わせて,作曲年代は

  • ピアコン2: 1878-1881
  • ブラ3: 1883
  • ドヴォ7: 1885

なのでありえない話ではないです.

Dvořák (気分で変換) は 8 番で Brahms の影響から脱し独自の音楽世界を作ると言われています.それ以前は,ハンガリー舞曲とスラブ舞曲(いわゆる売れ線)などに見られるように音楽の根本から繋がりが強い2人です.

あまり師弟関係に首を突っ込みすぎると裏事情も始まり(SchumannBrahms など)きりがないのですが,Chausson は Franck にかなり強い影響を受けていたのではないでしょうか.

おわりに

指向性について補足

(f 字孔がなぜ f の字なのか議論がある,が,普通に造形ではないでしょうか)
(なお,本当に f 字孔が指向性に寄与しているかについても議論があります.ただ,穴が空いていたらそっちから音は出ていくだろう,と感覚的には思います)


クラリネットの指向性の一例としてこのような響き方をするようです.
https://blog.goo.ne.jp/clshin/e/8c050815eacb5fdfc1fd8beb83d70cb5
近代のコンサートホールの発達について語られる事の多い音の届かせ方ですが,楽器を動かす・振ることには一定の合理性があり違う場所にいる観客に音を届かせる効果がある,と言われています.一番わかり易いのはホルンのベルアップで,クラリネットオーボエも時々ベルアップをする.
バイオリンに関してはこれに加えてビブラートも議論されることが多い.サントリーホールでは残響が天井や壁から跳ね返ってくる(?)気がするので時々それを楽しんでいます.
この論文によるとバイオリンの指向性は簡単に言うと「上手いほど上と前に音が飛ぶ」そうです. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jacc/60/0/60_8/_pdf/-char/ja

おまけ

サントリーホール正面玄関で有名音楽家の方を見かけました.きらクラでお馴染み(遠藤)まりへい師匠が君付けしている方で,名前の通りとてもお優しそうな方でした.

最後に一言

私にとって美しい音楽こそ生きる希望です.庄司さんの音楽が希望そのものであるのです.

Firefox のキャッシュ設定を変えた話

Firefox

Firefox は高機能ブラウザで,Safari や Edge に満足できない人の強い味方である.

Get Firefox for desktop — Mozilla (US) https://www.mozilla.org/en-US/firefox/new/

Firefox 🔥(@firefox)さん / Twitter https://twitter.com/firefox

擬人化される場合は女狐で描かれるのが普通である.古から根強い人気を誇る Firefox は現在でもデスクトップアプリの世界シェア 3位から4位を維持している.

ちなみに私が使っている Chromium ベースのブラウザはもはや世界シェアをリサーチすらできなくなった最強ブラウザ

設定

Firefox の設定を見直してみた.

Firefox はとにかく再起動(ショートカットは作った)が遅い.終了するだけで 5秒以上かかる.
ひとまずキャッシュを軽くしてみることにした.YouTube がやばい?らしい.

about:config
browser.cache

で変更.

  • 全容量を 1 GiB から半分にした.
  • YouTube 対策に max_entry_size を削減した.
  • chunk 設定を半分にしてみた.

browser.cache.disk.capacity: 1048576 -> 524288
browser.cache.disk.max_entry_size: 51200 -> 128
browser.cache.disk.max_chunks_memory_usage: 40960 -> 20480
browser.cache.disk.max_priority_chunks_memory_usage: 40960 -> 20480

なお Firefox は矢印マークですぐデフォルト設定に戻せるので数字を覚えておく必要はないようだ.

参考:FirefoxYoutube見続けるとSSDが早死にする問題とその対処法
https://kanasys.com/tech/892

about:cache

で 全キャッシュを確認できる.